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最高裁判所第三小法廷 昭和35年(オ)200号 判決 1960年8月30日

主文

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

理由

被告が原告の主張する債務名義に基き訴外佐藤秀雄に対する強制執行として別紙目録記載の各不動産につき昭和三四年五月一六日付で強制競売開始決定を受けたこと、同目録記載の(三)の建物については昭和三三年一二月六日、同(一)(二)の各土地については昭和三四年一月一〇日、いずれも原告が同訴外人から贈与を受けたこと、およびみぎの各贈与の日に原告のための所有権移転登記手続がなされたが、当時すでに本件各不動産につき被告のためみぎの債務名義表示の債権を保全するための仮差押登記が存したところ、被告は昭和三四年六月三日に至り該仮差押の申請を取下げたことは、いずれも当事者間に争いがない。

そこで、原告の請求の当否につき判断する。先ず仮差押債権者が強制執行に移行後仮差押申請を取下げた場合に、かゝる取下が効力を有するか否かについて検討しなければならない。一般には、仮差押は本差押への移行により効力を失しなうと解されている。しかしながら、仮に不動産の強制執行の進行中に執行および本案事件に関する一切の記録が、執行力ある正本および債務名義の原本をも含めて消失した場合には、債権者は再び債務名義を得た上あらためて強制執行手続を進めるほかないわけであるが、みぎの解釈に従うときは、さきになされた仮差押の効力はすでに消滅しているから、債権者は目的不動産の第三取得者の有する対抗力に屈しなければならない場合が生じるであろう。この結論は、仮差押が特定の債務名義による執行を保全するためになされるものであれば、妥当とせざるをえない。しかし、仮差押は特定の債権の保全のためになされるものであつて、必らずしも特定した一個の債務名義のみを予想しているものではないから、特定の債権につき時期を異にして複数の債務名義が存在する場合には、当該債権を保全するためになされた仮差押は、債権が消滅しない限り、みぎの複数の債務名義のいずれによる強制執行に関しても効力を有するものでなければならない。したがつて、仮差押決定は本差押に移行中は潜在的に効力を持続し、最後の債務名義による強制執行において目的不動産の所有権が競落人に移転した時に始めて効力を失うと解するほかないであろう。現実において不動産仮差押登記の抹消登記手続が競落による所有権移転登記手続と同時になされているのも、故なしとしないというべきである。また、民法が仮差押に時効中断の効果を付与した趣旨も、みぎの解釈によつて全うされるであろう。そして、本来暫定的な性格を有する仮差押が、取消しえない状態になつた後においても、仮差押債権者の意思によつてその効力を消滅させることは全く差支えないことであるから、本件不動産仮差押申請の取下は有効になされたものというべきである。

そこで進んで、みぎの不動産仮差押の取下により原告は差押債権者である被告に対し果して前記所有権移転登記をもつて本件不動産の所有権を対抗しうるに至つたか否かについて検討する。民事訴訟法第二三七条第一項は、訴の取下により訴訟は初めから繋属しなかつたものとみなす旨を規定している。しかし、みぎの規定にいわゆる取下の遡及効は、訴の提起に基因する訴訟手続上の効果について認められたものであつて、訴の提起が実体法上の効果をも発生させるときに、かゝる実体法上の効果の遡及的消滅についてまでも規定したものではない。このことは、民法第一四九条が訴の提起による時効中断の効力は訴の取下により遡つて効力を失しなう旨を特に規定したこと、および法律行為の実体法上の効果は実体法の解釈によつて決せられるべきものであることからも、肯定されるであろう。したがつて、仮差押手続においても、仮差押申請の取下により仮差押の訴訟法上の効力はさかのぼつて効力を失しなうとしても、その実体法上の効力も然りとは断定できない。仮差押は、おそくともその執行の時において実体法上債権の時効中断の効力を生じるとともに、仮差押物件の以後の第三取得者の対抗力を奪う効果をも生じるものであるが、仮差押物件につき強制執行法上の差押状態が進行を開始し、適法な差押状態が現に存在する場合には、公権力の確定的発動である差押の効力を、いわば公権力の仮定的発動である仮差押の取下によつて左右することはできないといわなければならない。したがつて、かかる場合になされた仮差押の取下によつて、仮差押による時効中断の効力は消滅しても、第三者の対抗力を排除する効果は(仮差押による効果と同一のものがすでに確定的に発生したのであるから、)消滅しないものといわなければならない。みぎの見解と反する原告の主張は採用し難い。

したがつて、原告は本差押に移行後被告によつてなされた本件仮差押申請の取下後においても依然として被告に対し本件不動産の所有権を対抗しえないものというべきであるから、原告の請求はこの点において認容しえない。

よつて、原告の請求を棄却し、訴訟費用は敗訴当事者の負担すべきものとして、主文のとおり判決する。

(裁判官 大和勇美)

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